

實田 千潤
(通称:ちじゅん)
国内事業部3年
山内 瞳
(通称:ひとみん)
フォトワーク事業部3年
Thank you!!
ー今までで一番印象的だった事、心に残った事は何ですか?
千潤(以下ち):
一番印象的だったのは、(ある男の人が)「FESTがやろうとしていることは分かっている」って言っていて。「僕たちの生活を改善しようとしているのは分かるけど、日本だって問題いっぱいあるじゃん」って言われて。「何?」って言ったら、「自殺する人が多すぎない?」と。「そうやって僕たちの問題にこう関わってくれるのは良いかもしれないけど、もっと日本国内の問題に目を向けても、その方がいいんじゃないかな」と言われて。海外ばかり志向が向いていたけれど、もっと自分の国のことについても、自分の国の問題についても目を向けなければいけないって、そこで初めて気づかされたのが、一番印象的。ひとみんは何かありますか?
瞳(以下ひ):
私は今まで2回渡航行ってて。1回目は1週間ちょっとでしかもスタツアだったから、そんなにマボロ入ってなくて、3回入ったくらいだったの。それであまり現地の方と接するというのも、少しだけしかなかったし、1回目は。で、この前の春に渡航行った時に、1回目の時にちょっと話した大人の人がいて、その人と帰り道にたまたま会って、目が合った時にあっちが「あっ」って反応してくれて。
「この前の夏来てくれたよね?」って。それがすごい嬉しくて。本当にちょっとしか話してなくて、1回話したかぐらいのレベルの、それほど深い話とかもしていないし、それくらいだったのに。やっぱり子供よりも大人の人が覚えていてくれて・・・私的にはすごい嬉しかったから、泣いちゃって。
それで春の渡航の時は私の名刺を渡したの。そしたら次会った時からフルネームで呼ばれるようになって。(笑)その前までは「ひとみ」って呼ばれていたんだけど、その次会ったら子供にもフルネームで呼ばれて。「ヒトミヤマウチ!」って。なんで知ってるの?って言ったら「名刺渡したでしょ」と。それでその子の親に言ったら、「おうちに名刺置いてるよ」って。「くれたからみんな見ているんだよ」って言ってくれて。それがすごい嬉しかったかな。次会うのもすごく楽しみだし。別れる時も「次はいつ来るの?」って言われたし。「これから仕事行くんだ、やだなあ。」って愚痴みたいなのも話してくれたりして。やっぱりそれがすごい印象的だった。
―フィリピンの方も日本で自殺者が多いなどの情報を知っているってことですか?
ち:知ってる知ってる。「日本人はすごい働きすぎ」って言われた。働かないで、なんかこうギャンブルをよくバスケットコートとかでやっているんだけど、「ああやってギャンブルとかして過ごせば、まだ働きすぎないで自殺するっていう選択はしないのに」って言われて。まあそれはちょっと違うなと思ったけど。「もうちょっと楽に生きた方がいいよ」とは言われた。
ひ:アドバイザーだね、もはや。
ち:そうだねー。
―根本的な価値観が違うということですかね。
ち そうそう。

―他のも何か価値観が違うなと感じたことはありますか?
時間を守らないなど...?
ひ:あのアイラブユーの話しなよ。
ち:(日本の問題のことを言っていた男の人と)雑談もしてて。「フィリピン人の男性はどうやって告白するの?」って聞いて。日本はこういう電子機器を使って言うのがほとんどなんだよって言って。そしたら「フィリピン人は絶対放課後とかに呼び出して、目を合わせてアイラブユーって言うんだよ。 じゃなきゃ気持ちなんて伝わらないじゃん!」っていう話をしてた。
ひ:イケメンだよね。
ち:それぐらい、なんだろう、近く接してくれる。やっぱり急に初対面で「生活困ってますか?」なんて言えないじゃん。だからそういったところから仲良くして、距離を縮めていくのがいいのかなというのはすごく思う。
―渡航を経験して、何か自分の考え方などで変わったことはありますか?
ひ:最初はやっぱりまあ言葉上ではこちらが支援している側であちらが支援されている側というのは変えられない事実だけど、そういう気持ちを最初は持ちすぎていたかなというのはあって。入るのもフォトワーク事業部だから、写真を撮らないとっていうのもあって。それも結構活動の為に撮る、という考え方を結構していたんだけれど、最初の渡航とかは。でもだんだん現地の人と接しているうちに撮らなきゃ、というよりも撮りたいから撮ると思うようになって。普通に友達と撮るのと同じような感じで。その人の笑顔がいいなと思うから撮るとか、思い出として一緒に撮りたいから撮るとか。前よりも楽に考えられるようにはなったかな。それはやっぱり現地の人が優しく接してくれていて、そういう考え方が持てるようになったかなというのがすごく大きいし。
そこは日本人とは違うかなと思う。日本人ってやっぱり結構かたいじゃない。入ってこられることに対して。ましては外国人が急に来て、いろいろ英語で話されてもね。そんなの受け入れないとも思うし、日本人だったら。でもそういう時にフィリピン人だけか分からないけど、そういうところで受け入れてくれて、普通に接してくれること自体がすごいなと思うし。だから次行くのも活動の為というのもあるけど、みんなに会いたいから行きたいというのもすごくある。前よりも楽に考えられるようにはなったかな。
ち:私は前回が初めての渡航で、初めてマボロに入ったんだけれども。今まではみんなマボロのこと考えようとか、マボロが今こうだからこういう支援をしようって言っても、結局は顔が見えていなくて。顔が見えない、誰だか分からない人たちのことについて毎回考えていたわけで。それってすごく距離も感じていたし。会ったこともない人に対して考えることは失礼なのではないかとか思っていたけれど。
実際に向こうに行ってみて、ちょっと距離があるのかなと思っていたのだけれど初対面でも快く受け入れてくれたし、FESTがやっていることに対しても応援するって言ってくれる人もいて。変わったのは今まではFESTがいて彼らを支援するという考え方だったけれど、彼らがいるからFESTが存続し続けられるわけで。そういうことでは感謝しなければいけないなと思って。
明らかに部外者なわけで、彼らは彼らで生活できているから、そこに外国人の私たちが入るってことの意味をもう少し考えて、考え方も変わったし。あとは人との接し方で彼らも一人の人間であって、今まで私たちよりも多分すごい経験をしてきて立派に生きてきているわけだから、そういう人に対して対応するにしても何をするにしても、まず相手を尊敬して関わっていかなくてはいけないって考えが変わったのと、彼らだって権利を持っているわけだから、というのも勝手に写真を撮ったりするにしても、彼らだって肖像権があるわけだから。被写体として見るとか、支援者として見るわけじゃなくて一人の人 間として尊敬の念を持ちつつ、接していかないと、失礼にあたるし、それはすごい考えるようになった。
ひ:行くとやっぱり個人個人として考えるようになるよね。接すると変わるよね。


―渡航をしても渡航前とずっと変わらない自分の考え方や、軸というのはありますか?
ひ:私が元々FESTに入ったきっかけはフィリピンの別の島に行ったことで。その島も貧困と呼ばれる地域で。でもマボロのようにゴミやにおいがすごいとかいうわけではなくて。セブにも観光で行く機会があったのだけれど、に初めて物乞いを見て。普通に聞いてはいたし、いるというのは知っていたけれど、いたときに目が違って。
同じ国なのにこんなにも全然違う目をしている子がいるというのがすごく衝撃で。その島の子供たちはずっと幸せって言って、にこにこ笑ってて。子供だけでなく大人も「今の生活は豊かとは言えないけれど、幸せだよ」と言っていて。その人たちと接していて、その笑顔をずっと見続けたいというよりも、絶やさないで欲しいなというのもあったし。同じ国なのだから、可能性はある、その物乞いをしていた子供も同じように笑えるようになるのではないかなと思って。
それがFESTに入ったきっかけで。だからマボロにすごい思いが最初からあってFESTに入ったわけではないから、軸がマボロにあってるのかといったら私の中では、ずれているのかもしれないけど。共通としては、現地の人の笑顔が絶えないで欲しいというのが第一にあって。そのために、彼らたちが貧困を改善して欲しいと頼んできたわけもないし、求められて入っているわけではないから、何とも言えないけど。そこは彼らのコミュニティとかもあるし、大事にしないといけないところだし、崩してはいけないし、部外者だから。
そういうことを保ちつつ、彼らがもっと笑顔になれる環境作りができればなというのはあるかな、一番。ちじゅんは?
ち:軸はマボロに対してではなくて、こういう活動を行うことに対して。よく言われるのが、就活の為でしょとか、何意識高い学生ぶってるのとか言われるし、そんなの結局偽善じゃんって言われるんだけど。偽善だって人の為にいいことしているのだから別にいいじゃんって思っていて。結構日本人ってこういうボランティア活動を自己成長の為にする人が多いのね。最初はそれでもいいかなと思っていて。そこから見えてくるものはあるだろうし、結果的にいい結果が生まれることもあるから。そうやって何も考えない人よりは、まだ考えたり行動に移していた方が絶対にいいと思うし。悪いことしているとは思っていなくて。
ひ:現地の為になるならね。
ち:そうなんだよね。
ひ:ならない、その自己成長の為と思っていなくてやって、本人たちのため
ひ:現地の為になるならね。
ち:そうなんだよね。
ひ:ならない、その自己成長の為と思っていなくてやって、本人たちのために一緒だよね。結果が全てというのもあるし。でもね、言われるねそれは。偉いねとか言われるけど。
ち:全然偉いと思ってないし。
ひ:自分偉いからやっているわけじゃないしね。
―FESTでの活動や、渡航を通じて将来どのように生かしていきたいとお考えですか?
ち:FESTで一番学んだのは、どんな問題が起きたとしてもメンバーのことは第一に考えるということで。どんなプロジェクトでも結構集団で動くわけじゃない。5人とか、少なくても3,4人とか。でも絶対、同じメンバーのことを考えて、同じ方向を向いていないと何をやっても上手くいかないし、将来仕事をするにしても、相手を選べない。仕事仲間は選べないから。そういうなかで上手く任務を遂行するじゃないけど、上手くいい結果が出るように相手のことも思いあって、チーム力を高めていくというのが学んだし、社会に出ても生かしていきたい。ひとみんは?
ひ:うん。それは思った。一緒にできる人は選べないからね。
コミュニケーションとるしかないなとは思う、誰とでも。一緒にやるから、合わない人っていると思う、誰でもみんな。でもその人いるから話さないとかいうのもそれはもう自分の問題であって、活動とか現地の人にとっては全然どうでもいいし、関係のないことだから、それは自分で解決してプロジェクトを進めていかなくてはいけないというのはあるから。
そこはね、さっきちじゅんも言っていたけれど、会社に入ってもそうだと思うし。だからそういう点に関してはFESTで何回も何個もプロジェクトたててきて、やっぱり他のプロジェクトもあるわけで、同じ事業部だけど違うプロジェクトもあって。その人たちともやっぱりコミュニケーションンをとらなければいけないし、もちろん違う事業部の人ともコミュニケーションとることで、全体としての、FESTとしての方向性とかも自分で見なければいけないっていうのもあるから。近い人ともそうだし、いろんな人とちゃんと接して、団体として一つの方向に全員が向き合っていかなければいけないかなというのはすごく感じた。
—今後FESTに期待することは何ですか?
ち:もっとみんな自分の専門性を生かして良いと思う!色々な大学から、各大学から1人くらいのレベルで来てるから、みんなそれぞれ違うものを持っているし、違うことを学んでいるからそういう考え方でも知識でも何でもいいから、もっと自分らしさを出して、生かしていってほしいって思うな。
多分これからどんどん大きくなっていくと思うけど、1番最初の創設者の思いは無くなってほしくないし、FESTのやり方もそのまま残ってほしいし…。組織が大きくなって活動も広がるのは良いけど、そういうところは残していってほしいな。何でも良いから、FESTを学びの場としてほしい。国際協力、自分には無理っていうことを学ぶかもしれないし、それはそれで良いと思うの。それとも、もっとこうやっていきたいとかでも良いし、学びの場としていってほしいな。
ー創設者の思いっていうのは、具体的に言うと?
ち:学生の国際協力団体いっぱいあるでしょ?すごい乱立してるし…顔の見えない支援者に対して募金してたりだとか、学校を作って学生が運営していて、その学生がいないとその学校を運営できないようなシステムだったりとか、「学校が無い。学校を作ろう。」っていう発想。そういう支援を無くしたいっていう考えがあって。
それで、FESTの掲げている現地に根ざした支援っていうのはすごい難しい支援だし、学生で素人だから、すごい難しいことって簡単に言っているんだけど、理想に近づけるような活動をしたいっていう思いがあるから、それを忘れずにみんなには活動していってほしい。
ひ:団体としてすごく大きくなってきて、全員とうまくコミュニケーションをとることは難しいなって、最近感じるようになってきたけど、その分人数が増えてきたっていうことを最大限に生かしてほしい。人数が増えてコミュニケーションがとりにくくなっていく中で、全員がバラバラの方向に向かっていってしまうのではなくそれを強みとしてほしい。
ち:そうだね。あと、理念とか考え方とかは変わらないでほしいかな。みんなそれぞれ思いを持っていないと、ただ国際協力活動してるっていうことに浮かれちゃうじゃないけど、そうなっちゃうからこういう問題があって、解決するための手段としての国際協力っていうのを理解しながら活動してほしい。ただ国際協力活動するのではなく、こういう問題を解決するために国際協力っていう活動を選んだことを忘れないでいてほしい。
今回は、国内事業部とフォトワーク事業部の3年生にお話を伺ってきました。
普段の活動ではなかなか聞くことのない、FESTやマボロに対する思いを熱く語ってもらいました。